牝馬の時代
近年の日本の競馬界では「牝馬の時代」とされる時代が到来しつつあります。
しかし、日本でも1、2を争う盛り上がりを見せるジャパンカップ(JC)では、かなり昔から牝馬が活躍した歴史があります。
これまで牝馬がJCを制したのは4頭。
第1回のメアジードーツ(カナダ)、第3回のスタネーラ(アイルランド)、そして、G1 有馬記念予想日本中が熱狂した第9回は、オグリキャップとの死闘を繰り広げたベテラン牝馬ホーリックス(ニュージーランド)、そして、まだ記憶に新しいのが、2009年の第29回は、我らが日本代表のウオッカでした。
しかし、これら以外にも、2着と連帯を果たして世界にその実力をアピールした牝馬もいました。
たとえばヒシアマゾン、ファビラスラフイン、エアグルーヴなど、どれも名牝中の名牝でした。
しかし、やはり何と言っても忘れられないのが、第9回のJCでしょう。
先輩の芦毛馬・タマモクロスと何度も死闘を繰り返してきたオグリキャップが、JCの大舞台でもやはり「芦毛対決」となりました。
あのオグリキャップを競り落としたホーリック
スという牝馬は恐ろしい牝馬でした。
何しろ、オグリを競り落としただけではなく、つい最近まで破られなかった世界レコードで走破してしまったのですから。
このとき逃げたのは、ミルリーフ直仔のイブンベイ(イギリス)と、当時の世界レコードホルダーであったホークスター(アメリカ)が互いに譲らずハイペース、しかし、おそらく歴史で最もハイレベルであったこのJCは、前記2頭に加えて凱旋門賞馬のキャロルハウスや、東京大賞典アサティス、さらに前年の勝ち馬ペイザバトラーなど、錚々たる面々であり、日本馬も1番人気のスーパークリークやイナリワンなど、GI馬が多数参戦し、レースのレベルは非常に高くなりました。
しかし、そんな中にあって、まったく無名の当時7歳牝馬のホーリックスがインコースから早目に抜けだし、猛追するオグリキャップをアタマ差抑えて大金星をあげました。
勝ち時計の2分22秒2という猛時計は、当時に比べて明らかに進歩した馬場造園技術によって作られた最近の馬場で、わずかコンマ1秒だけ更新されました。